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最高裁判所第二小法廷 平成11年(許)2号 決定 1999年11月12日

抗告人

株式会社富士銀行

右代表者代表取締役

山本惠朗

右代理人弁護士

海老原元彦

広田寿徳

竹内洋

馬瀬隆之

谷健太郎

田路至弘

相手方

前田功

右代理人弁護士

曽田淳夫

曽田多賀

橋爪雄彦

主文

原決定を破棄する。

相手方の本件申立てを却下する。

理由

抗告代理人海老原元彦、同広田寿徳、同竹内洋、同馬瀬隆之、同谷健太郎、同田路至弘の抗告理由について

一  記録によれば、本件の経緯は次のとおりである。

1  本件の本案訴訟(東京高等裁判所平成九年(ネ)第五九九八号損害賠償請求事件)は、亡前田志良(以下「志良」という。)が抗告人から六億五〇〇〇万円の融資を受け、右資金で大和証券株式会社を通じて株式等の有価証券取引を行ったところ、多額の損害を被ったとして、志良の承継人である相手方が、抗告人の九段坂上支店長は、志良の経済状態からすれば貸付金の利息は有価証券取引から生ずる利益から支払う以外にないことを知りながら、過剰な融資を実行したもので、これは金融機関が顧客に対して負っている安全配慮義務に違反する行為であると主張して、抗告人に対し、損害賠償を求めるものである。

2  本件は、相手方が、有価証券取引によって貸付金の利息を上回る利益を上げることができるとの前提で抗告人の貸出しの稟議が行われたこと等を証明するためであるとして、抗告人が所持する原決定別紙文書目録記載の貸出稟議書及び本部認可書(以下、これらを一括して「本件文書」という。)につき文書提出命令を申し立てた事件であり、相手方は、本件文書は民訴法二二〇条三号後段の文書に該当し、また、同条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらない同号の文書に該当すると主張した。

二  本件申立てにつき、原審は、銀行の貸出業務に関して作成される稟議書や認可書は、民訴法二二〇条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらず、その他、同号に基づく文書提出義務を否定すべき事由は認められないから、その余の点について判断するまでもなく、本件申立てには理由があるとして、抗告人に対し、本件文書の提出を命じた。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1 ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、特段の事情がない限り、当該文書は民訴法二二〇条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解するのが相当である。

2  これを本件についてみるに、記録によれば、銀行の貸出稟議書とは、支店長等の決裁限度を超える規模、内容の融資案件について、本部の決裁を求めるために作成されるものであって、通常は、融資の相手方、融資金額、資金使途、担保・保証、返済方法といった融資の内容に加え、銀行にとっての収益の見込み、融資の相手方の信用状況、融資の相手方に対する評価、融資についての担当者の意見などが記載され、それを受けて審査を行った本部の担当者、次長、部長など所定の決裁権者が当該貸出しを認めるか否かについて表明した意見が記載される文書であること、本件文書は、貸出稟議書及びこれと一体を成す本部認可書であって、いずれも抗告人が志良に対する融資を決定する意思を形成する過程で、右のような点を確認、検討、審査するために作成されたものであることが明らかである。

3  右に述べた文書作成の目的や記載内容等からすると、銀行の貸出稟議書は、銀行内部において、融資案件についての意思形成を円滑、適切に行うために作成される文書であって、法令によってその作成が義務付けられたものでもなく、融資の是非の審査に当たって作成されるという文書の性質上、忌たんのない評価や意見も記載されることが予定されているものである。したがって、貸出稟議書は、専ら銀行内部の利用に供する目的で作成され、外部に開示することが予定されていない文書であって、開示されると銀行内部における自由な意見の表明に支障を来し銀行の自由な意思形成が阻害されるおそれがあるものとして、特段の事情がない限り、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解すべきである。そして、本件文書は、前記のとおり、右のような貸出稟議書及びこれと一体を成す本部認可書であり、本件において特段の事情の存在はうかがわれないから、いずれも「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるというべきであり、本件文書につき、抗告人に対し民訴法二二〇条四号に基づく提出義務を認めることはできない。

四  また、本件文書が、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解される以上、民訴法二二〇条三号後段の文書に該当しないことはいうまでもないところである。

五  以上によれば、原審の前記判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が裁判の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前記説示によれば、相手方の本件申立ては理由がないので、これを却下することとする。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官福田博 裁判官河合伸一 裁判官北川弘治 裁判官亀山継夫 裁判官梶谷玄)

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